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今年の梅


2月は停電して、エアコンが漏電で使えなくなって、寒くなってママ友がヒーターを家まで届けてくれて、停電と一緒に冷蔵庫も壊れて買いに行って、エアコン交換工事して、娘が濃厚接触者になったり。3月は娘が初めて感染性胃腸炎になって大惨事になって今落ち着いてきて家でお休みをしています。そして今再び娘が濃厚接触者になったと保育園から連絡が来ました。また後日詳しくブログに書きたいと思います。まずは梅の写真をアップしたくて。先日娘と母と一緒に梅園を散歩しました。もうね、写真は久しぶりでね。本当に写真を撮るのが楽しくて仕方なかったんですよ。後ろに銀杏の木が写り込んでるけどそれもまたいいのかなと。

夫の命日


昨日は気のいい花屋さんでスイトピーを購入し、遺影の横に飾りました。なんでしょうね、朝も夕方も夜も泣いて泣きすぎて頭が痛くて気持ち悪くてなかなか寝付けなかったけど、頭痛役も飲みいつの間にかすーっと寝れました。良かった。
 
今日は夫の命日でした。
1年前の今日の事はよく覚えていません。その日になんとなく携帯電話の着信音を娘が好きな幼児番組で流れていた歌に設定していました。夜中に病院らしき番号から電話がありドキッとしたけどその歌で少し気持ちが紛れました。意識がなくなってきているというような内容の電話でした。急いで大泣きする娘を抱っこし母と3人でタクシーで病院へ向かい、お義姉さんと合流。これが最期になるかもしれません、でもコロナ禍なので1人5分しか会えませんと。1人ずつ病室へ入って話す。終わったら帰される。こんな大事な時でも一緒にいることも出来ないのかよと。仕方ないからまたタクシーで帰宅し眠りについたところで明け方にまた病院から電話があり最期を見届けにまた娘を起こして母と3人でタクシーで病院へ行き、またお義姉さんと合流。大勢ではダメと言われ私と娘二人で最期を見届けました。涙は出ませんでした。悲しかったけれどこれが現実なのか?でも現実はこれから何をしていいか分からない大変であろう事をたくさんやらないといけないというプレッシャーもあったような気がします。それから荷物をまとめたり死亡届をもらったり、最後は霊安室に行きました。霊安室で宙を見上げて「どこにいるの?」と言ったりしてました。だってあの夫のことだから近くにいるでしょ?みたいな(笑)自分がしっかりしなくてはいけない、そんな気持ちが強かったかな。それから夫のことはお義姉さんにお任せし一緒に実家に帰ってもらい、私は娘と母と一緒に荷物を持って帰宅。その後のことははっきりは覚えていません。娘を寝かしつけたり区役所に相談に行ったり友人達に連絡をしたり、保育園に行ったり。朝から大雨だったのに夕方には晴れて虹が出ていたことははっきり覚えてます。そんな1日でした。

コロナ禍なので通勤している私と保育園に通っている娘が義父母にうつしてしまう可能性もあったので一周忌の法要は先々週に義父母とお義姉さんにお願いし無事終えました。ありがとうございます。

今日は仕事は休みました。本当ならお墓参りに行ったりゆっくり過ごすはずでしたが、色々と予定を入れてしまいまして。朝から娘の歯医者、壊れたエアコン修理(この話はまた後日)、私の歯医者と慢性上咽頭炎の治療(内視鏡)。2台あるエアコンを後日新しいものに交換することになりあれこれ片付けをしていました。これが終わらない、片付けが苦手な私には手に負えない、けどやらないといけない。そんなこんなで1日が終わりました。そうそう、娘の歯医者が終わってそのまま保育園に行ったのですがイヤイヤの娘は「きょうはほいくえんいかないよ?」と言い始めてさらには「せんせいいやだ、だいきらい、〇〇くん(大好きなお友達)だいきらい」と自転車で大騒ぎ。保育園に到着して抱っこでお部屋の前まで連れて行ったらお友達がたくさん。娘が嬉しそうな顔をして目が輝いているのが分かりました。いつも朝早いからあまりお友達いないもんね。お部屋から「〇〇ちゃん(娘の名前)がきたー!〇〇ちゃんのママ!」と3人のお友達が迎えに来てくれました。嬉しいね、良かったね。娘にとって保育園は無くてはならない大事な場所だと再認識しました。娘はどんどん成長しております。今後お父さんのことをどうやって伝えようかということも考えなくてはいけない。

この1年があっという間だったのか何なのか分かりません。家族や友人や同僚たちがいつも助けてくれたからここまでやってこれたと思っています。お供物、お花、メッセージ、お手紙、娘にアンパンマングッズのプレゼントして下さったりと今日の事を覚えてて下さる方々がたくさんいていい供養になっていると思います。ありがとうございます。本当に感謝の1年でした。これからもたくさん頼って迷惑を掛けて行く予定ですので、今後とも娘と私をよろしくお願いいたします。

たくさん泣いてしまったけれど、お義姉さんから「弟は泣いているよりも笑っていてほしいと思ってるよ」と。確かに夫なら絶対にそう言うはずです。久しぶりに夫とのメッセージのやりとりを見直したら朝から「今日も元気に楽しく過ごそう」というような内容を見つけました。そうだよ、そういう事を言ってくれる人だよ。夫は亡くなっても私の支えになってくれるているのだ。また明日から笑顔で楽しく過ごそう。そうしよう。

2歳8ヶ月の節分


節分の日は娘の保育園でも豆まきをしました。1歳クラスで新聞紙を少し大きめに丸めたものを豆代わりに作り鬼に投げるというものでした。昨年は鬼が出てきても?って感じだったようでしたが、今年は鬼(もちろん先生)が入ってきたら怖かったようで泣いて先生の元へ行き、そして豆は投げない!と宣言したとのことでした。先生に話を聞いた時私は笑ってしまいました(笑)日々成長を見せてくれる娘ですが、まだこういう可愛いところがあるんだなぁと。自転車で帰る時に娘が「いえかえらない」と。私が「外にいたら鬼さん来るかもしれないよ?(いじわる)」と言ったら「いえかえる」と、まぁこれの繰り返しなんですけどね。イヤイヤが多いけど娘は可愛い。お風呂上がりにいつもパックをしているのですが、その日は娘がイヤイヤ泣きを始めてどうしたかと聞くと私の顔を指差し「おかあしゃんじゃない!」と。そうか、パックが鬼に見えたかと。しばらく鬼関係は嫌がるかな。

懐メロと娘とメジロ


最近女性ボーカリストの歌を聴きながら通勤をしています。My Little Loverさん、宇多田ヒカルさん、椎名林檎さん、松任谷由実さん。ほぼ懐メロなのでノリノリで早歩きが出来ます。今朝は歩いている通路の隣の花壇にメジロが飛んできました。きれいな黄緑色で可愛いメジロを近くで見れてラッキーでした。今朝はイヤイヤの娘を保育園へ連れて行き「せんせいやだっ!」と言いつつも抱っこされてニヤッ。私ともきちんとバイバイ出来ました。何でもかんでもイヤイヤな時期だけど可愛い娘に育っています。

娘の「ありがとう」から感じる事


今でも娘の「おかあしゃん、ありがとう」はしばしば言われているんだけどね。それで感じた事がある。夫はちょっとしたことでも「ありがとう」を伝えてくれる人でした。「ご飯を炊いてくれてありがとう」「お風呂を洗ってくれてありがとう」。娘が「ありがとう」を言うたびに夫が言っているように聞こえてきます。「くみ、ありがとう」って言っている気がする。

おかあしゃん感謝週間?


一昨日から娘が「おかーしゃんありがとう」と言うようになりました。洋服のお手伝いをした時や何もせずに突然言い出すこともありました。「どういたしまして」と言うと「きゃはははー」と笑います。今朝は道路の雪がどうなっているか分からなかったのでSORELのカリブーを履きました。雪国仕様のブーツです。ドラマ「カルテット」のメンバーも履いているあれです。そう確か夫と二人で雪が降る奥入瀬に行った時にホテルでゴムの長靴を借りて写真を撮りに出かけたんです。雪道だったので濡れなかったんですけど、ゴムの長靴って結構足が冷たくなっちゃうんですよね。それで夫と一緒にSORELのカリブーを買ったんです。それからなかなか出かけられず出番も全く無かったんですが今回大袈裟かもしれないけど履いたろ!と。すでに昨日履いたのですがすごくいい。滑りにくいし温かい。自転車で娘を保育園に送るのでまずは私の安全が第一と考えるとカリブーでした。玄関で履こうとするとなかなか履けない。「足が入らないなぁ」と言うと娘が「あしはいるよー?だいじょうぶ。おかあしゃんがんばれ!がんばれ!」と応援してくれました。ちょっとビックリしてお父さん乗り移ってる?と思ってしまいました(笑)感謝されたり朝から応援してくれたり娘はどんどん成長していくなぁしみじみ感じてしまいました。

2021年という年


2021年今年は本当に色々なことがありました。ありすぎました。私の人生の中でこんなに早く夫との別れが来るとは思いませんでした。もっと一緒に過ごせると思っていました。その事についてはもう少ししたらゆっくり書いていきたいと思っています。何よりもたくさんの人達に助けられた1年でした。みんなの助けがなかったら本当にどん底のどん底でしたよ、間違いなく。亡くなるまでそこまで関係がなかった夫関係の繋がりの方々が手を差し伸べて下さり友人たちも何かあれば手伝いに行くね、と、声を掛けてくれて実際に来てくれてどれだけ助かったことか。実際に声を掛けられず心の中で心配してくれた方々もいたかと思います。そういう気持ちもありがたいです。本当に助けられた1年で皆様に感謝しております。ありがとうございました。時が経つに連れて一人でいる時(通勤中や保育園のお迎えの時など)に娘はこんなに大きくなったのに可愛くなったのにお父さんに会わせられない、お父さんも会いたかっただろうにと考えて泣くことが増えてきました。娘の成長とともにこういうふうに思うことが増えてくるのかな。まぁ夫のことだから近くで見てるんじゃないかと思うんですけどね。そして本当にくたびれたね。仕事を休んで一人で家でゆっくりしたかった。何度ズル休みしてやろうかと思ったか(笑)部屋の片付けも全く進まない。これは地道になやるしかないね。慢性上咽頭炎だということが分かり治療が出来ていることは良かった。これはきちんと治さねば。まぁ疲れやストレスを軽減しないと治らないんだけどね。休める時に休む。無理しない。大事。暴れん坊娘の年末はゆっくり過ごします。

2歳のクリスマスプレゼント


娘は保育園でサンタさんからカラーペンをもらいました。私からはキッズカメラをあげました。まだ2歳半で年齢的には早かったかなと思いますが、両親が写真が好きだからいいでしょう。渡したら喜んでパシャパシャ撮っていました。何にでも興味があってやってみたい、食べてみたい娘。写真好きになるかな。

2時間半


昨日はお休みで娘とスーパーへ行きゆっくり家で過ごしました。今日はその反動なのか、公園で2時間半たっぷり遊びました。朝ゆっくり起きたので昼寝もせずに過ごしている。夜早く寝てくれたら休みの日は昼寝なしでもいいのかもしれないな。公園でも追いかけ回してまぁまぁくたびれた。でも母は写真も撮れたので親子で満足の日曜日でした。そうそう、お出かけ前に神社でお参りをしました。お参りが終わって次の参拝者とすれ違うときに娘が「どうじょー(どうぞ)」と言っていてコミュ力すごいなぁと感心しました。

12月の風邪事件


12月は娘の発熱初嘔吐風邪事件から幕開けになりました。発熱した娘を保育園にお迎えに行き座って抱っこしていたら娘が嘔吐、母嘔吐まみれになりました。おそれていた嘔吐。私は幼い頃吐くことが苦手で怖くてたまらなくて、いつか上手に吐けるようになりたいと思っていました。成人になり弱いのにお酒を飲み酔っ払って指を突っ込んで吐けるようになって大人になったなと感じたものでした。今はお酒は全く飲みません。飲めません。母親として娘のこの風邪は初めてで家の中がまずいことになるんじゃないかと焦りましたが、娘は保育園で吐いたきり吐きませんでした。私がうつることもありませんでした。念の為にんにく酒を2日間飲んだことが良かったのかもしれません。あっ、にんにく酒はお酒ですが私にとってはお薬的存在です。解熱後念のために保育園を休ませました。元気がなくいつもと違う初めて見る姿。心配で小児科に診てもらいましたが、意識もしっかりしていて心音も問題ない、肌の感じもいいので特に問題ないと。それはその通りだ。こんなことで小児科に行ってしまったのもあれだったけど先生も看護師さんも優しくてありがたい。帰宅後娘はバナナ一本半食べてだっこしたまま寝ました。いつもより長い3時間半のお昼寝。起きたらいつもの娘に戻っていました。ふぅ、安心。そうか寝るということは疲れていたんだな、と。友人にも言われて納得。嘔吐風邪ってこんな感じなのか(事件は保育園で起きたので処理は先生方がテキパキやって下さいました)私がうつらなかったことが良かった点。これで私もうつったら大変だったろうな。これでまた母親としての経験値レベルが上がったのかもしれないと感じるのです。写真は今年撮りたてほやほやのものです。写真を撮る時間とレタッチする時間が取れてました。これからどんどんアップしていきたいと思います。いいよね、イチョウ。